皆さんご存じのとおり、全体主義国家によって統治された恐怖の近未来を描いた作品で、その世界の中では、絶えず紛争地域を巡って戦争が繰り返され、思想・言語などに統制が加えられ、市民は各家庭に配置された双方向テレビによって絶えず監視されている。
小説の話と笑ってなんかいられない、いまやこんな世界が現出してる。双方向テレビなんてのはないけれど、情報の双方向性という点でいうならば、ネットなんかがぴったり当てはまる。そしてそれを監視する、ということも。
思想統制・情報コントロール、そして監視と盗聴。海外プレスは監視され、タクシー乗客の会話まで盗聴している。こわいくらいに「1984年」を再現している。
小説では主人公は政府に屈して終わるのだけれど、現実はどうなるのだろうか。

この記事へのコメント
日比野
>わたしは、1984年のまさにその年に上海に遊学中でしたが、一見今よりもっと行き詰るほどオーウエル的世界を感じる社会でした。
そうだったのですか。なるほど、テクノロジーの発展がより「スマート」にオーウェル的世界を実現しているというわけですね。とすると、やはりご指摘のように「民主主義」を自称する国々で徐々に完成されてゆく危険が高いということですね。無意識のうちに支配下に入っている・・怖い話です。
丸幸亭
こんにちは。
わたしは、1984年のまさにその年に上海に遊学中でしたが、一見今よりもっと行き詰るほどオーウエル的世界を感じる社会でした。外国人留学生の外出にはいつも公安のおともが付いていましたからね。まあそれほど外国人絶対数が多くはなかった、ということですが。
その年、欧米からの学生たちの間ではオーウエルのその本を読むのが流行でしたが、シナの現状はそれほどでもない、との意見がもっぱらでした。まあ、ありふれたファシズムだったわけです。しかし、テクノロジーの発展とともに、ご指摘のようにシナにおいてもオーウエル的世界の進捗は見られるようです。
あの状況は、シナよりはむしろ「民主主義」を自称する国々で徐々に完成されてゆくのではないか、という危惧をもっています。